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職業生活上のリスクの検討⑤~ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の間の変化形態

私はメンバーシップ型雇用制度慣行の典型的な日本企業に勤めていましたが、その会社の経営がおかしくなり、外国資本に買いとられた経験を持ちます。この時、経営陣は実質的に総入れ替えになり、ジョブ型雇用制度慣行が当たり前の人たちによる経営に変りました。おかげで一時的に混乱は大きかったと思いますが、その後は比較的ジョブ型雇用制度慣行が安定稼働したと思います。

一時的混乱は、制度慣行が一気に変わったこと、過去のしがらみが全くない(というか過去の慣行を知らない)人たちが経営の中心になり、また、各職務領域の担当役員がほとんどジョブ型雇用制度慣行で育ってきた人たち(つまり日本人でない人が多かった)になったため、仕事の進め方そのものが変わったことによります。当然、それまでメンバーシップ型雇用制度慣行に積極的に整合していた人たちほどうまくいかなかったり、精神的におかしくなったり、人員削減の対象になったため、会社と争う形で仲たがいするなどの事象が生じました。しかし、このような一時的混乱が収まると、ジョブ型雇用制度慣行が安定稼働に入り、それによって雇用不安も概ね収まったと思います。

 メンバーシップ型雇用制度慣行で育ってきた人たちの中にかなりの誤解があるようです。それは「メンバーシップ型雇用=安定雇用」「ジョブ型雇用=不安定雇用」という図式的理解です。私自身の経験からいっても、また論理的に考えても、この理解は完全に誤解です。むしろメンバーシップ型雇用ほど雇用不安が継続します。長年勤めた中高年が雇用不安に陥る現象はメンバーシップ型雇用ほど問題になるはずです。逆に、ジョブ型雇用では雇用の流動性が予想できる範囲に収束し、不安は収まると考えられます。

メンバーシップ型雇用では、どのような仕事に就くか不明で、かつ異動があり、その結果、長く勤めた人ほど、「その会社に慣れているけど、特定の職務に関わる専門性は特にない」という人が出現する可能性が高まります(可能性が高まるだけで、実際にそういう人が多く出現するかどうかは、会社の実体の話に依存するので、個別会社ごとに異なるはずですが)。

こうなると「長時間労働でやる気はあります、みんなと協調してもめごと起こさずに、言われたことができます」のような長期勤続者が出現してしまうので、そういう人間を構造的かつ歴史的に作ってきた当の経営者が、「役に立たん」と怒り「成果主義だー!」「リストラだー!」となって雇用不安が生じるということです。

これに対してジョブ型雇用では、「この仕事にこういうスキルのある人がマッチします、その場合の報酬は○○です」とあらかじめ提示されます。したがって「できると言って入ってきたけど、やってみたらだめじゃん」という初期の試用期間中に問題が生ずることはあるかもしれませんが、それが過ぎれば、仕事に合わせて人が採用されているので、長年その仕事に従事して、急に役立たずになったという問題は起きないでしょう。したがって「長期勤続の中高年ほどスキルがないから雇用不安に陥る」という現象は、メンバーシップ型雇用特有の問題と思われます(最近推奨されているリスキリングの話は別問題です。これはそのジョブそのものの在り方が劇的に変わってしまうので、新たなスキルを身ににつけ、他の仕事に(それまでの仕事と関連性はあるとしても)つけるようにしようという話です。ここでは除外します)。

 

 さて以上のような視点からいうと、今、「メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へ」移行しようとしている企業は大変だと思います。理由は、私のように会社そのものが変わった(資本の出し手、経営陣、各職務領域のリーダー)わけではなく、それまでの資本の出し手、それまでの経営陣、それまでの各職務領域のリーダーがそのままの状態で、雇用制度慣行を変えるということだからです。

定期異動があって当たりまえ、会社の権限として異動させる、ダメな奴は成果主義で給与下げてやる、あいつはやめさせたいから、やりたくなさそうな仕事に異動させてやるというような実態的なオペレーションが維持されたまま「ジョブ型雇用導入!」とかいう不可思議な話が議論されることさえ起きそうです。当然、これに関わる人事系のコンサルタントは、これはジョブ型は難しそうだな、と考えて「中間的な解」を探すでしょう。

この中間的な解の一つに「ロール型雇用」があるようです。慶應義塾大学産業研究所HRM研究会編『ジョブ型雇用VSメンバーシップ型雇用』という書籍が本年2022年5月に出されました。この書籍は、全体としてこれら雇用制度慣行を理解する上で良書と思われます。その中の「第3章 日本型ジョブ型雇用」でロール型雇用が説明されています。図表1にその内容(図表左側の表。上記書籍123頁図表3-4から抜粋して作成)と、位置づけ(図表1右側座標軸。人事管理特性と情報処理システム特性の2軸に位置づけたもので、これは小山の考えにより作成)を示します。

図表1 メンバーシップ型雇用・ロール型雇用・ジョブ型雇用

図表1 メンバーシップ型雇用・ロール型雇用・ジョブ型雇用

ロール型雇用は、人の役割に焦点が当たっており、これを明確にすることで雇用制度慣行を形づくるものと説明されています。このロール型雇用では企業主導人事が「しやすい」と性格付けされており、これはメンバーシップ型と共通です(図表1左側の表)。この場合、企業主導人事(つまり人事管理特性が集中的)の程度が強いほど、そこで働く人は企業内でそれに合わせて思考することになるので、外の世界と遮断される可能性が高まります(業種による相違は大きいが)。この結果、図表1左側の表では、ロール型雇用は外部労働市場での移動が「しやすい」と性格付けされていますが、会社の実態によっては「難しい」ケースが出てくると思われます。

これに対してジョブ型雇用では、企業主導人事が「難しい」と性格付けされています(図表1左側の表)。ジョブ型雇用では専門性を持った人材の確保等が必要条件なので、人事権は各職務組織に権限移譲されており、企業主導人事は行いにくいのですから、これは当然です。

企業主導人事が行いやすいということになると、個別会社ごとに運用が異なるので、ここからは実態問題に立ち入る必要が生じます。仮に、ある人のいる会社が「ジョブ型雇用導入」と言っている。ところが相変わらず定期異動はある。ただその規模は小さくなった。小さくなったが、本人の意思と無関係に異なる職務領域間の異動が行われ続けている。このような雇用制度慣行を実現しようとする会社の場合、図表1右側座標軸の微妙な位置として理解できると思われます。すなわち名称ではなく、人事管理特性は「集中」に近い位置、情報処理システム特性は、(複数部門経験者が主導して複数部門間コミュニケーションにより仕事を進める)「分権化」の方へずれる位置ということです。 

その前提の中で、今のあなたの仕事や役割を記述しなさいという形で「職務記述書」が作成されるだけれであれば、その「ジョブ型」はジョブ型雇用ではなく、会社の狙いはほかにあると考えるべきでしょう。

この座標軸上の位置で考えると、会社が言っている制度の名称ではなく、実態として何を意図しているのかを理解することが出来ると思われます。

目安は、人事管理特性が集中的か、すなわち、定期異動や、本人の意向と無関係な横断的組織間異動があるか、その規模はどの程度か、また情報処理システム(仕事の進め方やそのプロセス)として、横断的な組織間の情報共有と調整業務が(センター組織から)実質的に組織間の自主的な共同へ委ねられている(分権的情報処理)か、等を確認する必要があるでしょう。これによって、会社が言っている制度名称ではなく、実態として何を行おうとしているかを理解することが出来るはずです。

次回は、これらを考慮して、「メンバーシップ型雇用からジョブ型(あるいはその変形)雇用へ」移行する際の、各個人のポジショニングの話と、リスクの話を整理しようと思います。ポジショニングの問題はあまり議論されません。しかし私の経験からいっても雇用制度慣行がある特定の方向へ変わろうとする場合、そこでのリスクを理解する意味では重要と思われます。

「職業生活上のリスクの検討」は、いったん次回で収束します。

(小山浩一)