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信号で考えるリスク教育

 信号無視をしようとしている子供を、あなたはどうやって注意しますか? あるいは、注意せずに見過ごすでしょうか。道幅や交通量、身内か他人かでも、その選択肢は異なるのかもしれません。

 例えば、小学校に上がる前の自分の子供が、交通量は少なく片道一車線の見通しの良い交差点で、車が来ないのに赤信号で止まる理由を質問してきたとしたら、あなたはどの様に答えるでしょうか。「危ないから」「ルールだから」等、その答え方は自分が子供の頃に大人から学んだことに近いかもしれませんが、その答えは唯一の正解と言えるでしょうか。

 信号は、交通の発達によって生じた、様々なトラブルや事故を低減する目的で導入されたもので、道路への適用は19世紀後半のイギリスで、馬車の交通整理のために鉄道信号を原型として作られたと言われています。三色(赤・黄・緑)の電気式信号灯が登場したのは1918年のアメリカで、日本の道路に設置されたのは1930(昭和5)年のことです。それ以前は警官の手信号や、手動式の標識板が使われていました。その後、日本のモータリゼーションは加速し、昭和30年代には歩道や信号機の整備が追い付かずに深刻な交通事故問題を引き起こしました。今でこそ、青は「進んでも良い」、赤は「止まれ」が当たり前とされていますが、色による信号は人々になかなか理解されず、常識として浸透するまでに相当な時間を要したと記録されています。これを「危ないから」「ルールだから」で子供に押し付けることでは無いように感じるのは、私だけでしょうか。

 もしも、その赤信号の横断歩道の向こう側に立つ人が突然倒れたら、信号が変わるのを待つべきでしょうか。その人がベビーカーを押した身重の女性だとしたら。さらにベビーカーが坂を下り始めていたとしたら、赤信号を無視して助けに行っても、信号無視で咎められるのでしょうか。こうした「たら・れば」を多用した質問は無限の可能性があるので、教育としては不適当な設問かもしれませんが、赤信号を渡る危険性を実際に体験して学ばせることはできないので、想像力を惹起する事も大切だと考えます。いわゆる道徳教育では、複数の受け手が共通の想像となるような具体的なシナリオを作り、そこで生じた問題を個々で考え、皆で意見を出し合って集約するような手法が執られます。また、環境教育の中では環境の価値を推定する手法として、提示したシナリオで対価を問う仮想評価法があります。児童を対象としたリスク教育においても、シナリオを充実させてリスク認知、バイアス、リスクとベネフィットなどを想定し、考えてもらう時間を作りたいと思っています。

 (内藤博敬)