情報・コラム

職業生活上のリスクの検討①

メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用

現下の問題

最近、雇用問題が取り上げられることが多いようです。ジョブ型雇用の導入企業が報道されたり、メンバーシップ型雇用の弊害が取り上げられ、それを解決するジョブ型雇用が説明されたりしています。しかし、取り上げられる内容を見ると、かなり不可思議なものが散見されます。

私は最初、今でいうメンバーシップ型雇用の典型のような企業に勤めていた人間です。ところが、その企業がおかしくなって外国資本に買い取られ、いきなり雇用慣行が変わりました。変わった後の人事制度や人事政策、本質的には仕事の進め方(社内の部門間の関係の在り方)の変化は、まさにメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への変化だったと整理できます。そこでまずこの二つの雇用形態の話から始めましょう。

 メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用

日本型雇用のある側面を象徴的に表す言葉として「メンバーシップ型雇用」という表現があります。この表現は、(独)労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎氏による『新しい労働社会』(注1)の記述において使われ一般化したものと思われます。濱口氏はここで「雇用契約それ自体の中には具体的な職務は定められておらず、いわばその都度職務が書き込まれるべき空白の石板であるという点が、日本型雇用システムの最も重要な本質なのです。こういう雇用契約の法的性格は、一種の地位設定契約あるいはメンバーシップ契約と考えることができます。日本型雇用における雇用とは、職務ではなくてメンバーシップなのです」(同書34頁)と述べ、日本型雇用システムの特徴を記しています。

メンバーシップ型雇用システムにおいて正規雇用となったものは、その企業のメンバーであり、非正規雇用のものとは峻別されます。メンバーにとって具体的な職務は「空白の石板」にあとから企業の裁量で書き込まれて変化します。したがって職務に応じた給与などということは想定できません。会社裁量で、給与の高い職務から低い職務に変えられたら生活が成り立たないし、文句の巣窟になるでしょう。そこで給与は年功的な体系となっており、主に職能資格制度に基づきます。職能(注2)は年功によって上昇する(ということになっている)ため、毎年の評価によって微妙な上下動を伴いながらも給与は長期勤続すると上昇します。これでどんな職務に変わっても安心して働けるし、どんな仕事でもこなすだけの職能を持って(いることになって)います。もちろん、これはメンバーとなったものだけの話であり、非メンバー(非正規雇用)のものは職務に応じた賃金が支払われます。何年たっても職務に応じた賃金であり、非メンバーは職能が上昇しない(ことになっている)ので、賃金も上昇しません。職能は「メンバーは上昇する」が、「非メンバーは上昇しない」!のです。

 

注1 濱口桂一郎(2009)『新しい労働社会-雇用システムの再構築へ―』岩波新書。

注2  職務遂行能力。職能要件は成績・情意・能力の3つの評価によります。ここでいう能力は一般的概念的なもので、特定の職務に対応したものとは異なります。

 

次にジョブ型雇用をみてみましょう。これについては、白井正人(2021)『経営者が知っておくべきジョブ型雇用のすべて』(注3)が、きわめて明瞭です。人事コンサルタントである筆者が「経営者のために」書いているので、普通の社員目線で読むとちょっと不愉快になったりするかもしれませんが、それを横においておけば、ジョブ型雇用の導入によって人事制度及びそれに応ずる人事政策がどのように動くかを理解することができる良書といえます。ただし、仕事の進め方(異なる組織間のコミュニケーションの在り方 )(注4)に関する相違は記述がないので、良書というのはあくまで人事制度及び人事政策の話に限定されます。この仕事の進め方の相違についは、これ以降重要な(人事制度や人事政策だけで○○雇用が決まるわけではないので)問題として取り上げます。

さて白井(2021)はこの書籍においてジョブ型雇用を、次のように説明しています。「ジョブ型雇用では、雇用を「ジョブを介した市場取引」と定義し、会社としては「事業・戦略に合致した人材の積極的な確保・活用」を、個人としては「リスキル・スキルアップを含めた自律的なキャリア形成」を進めることになります」(同書6頁)。

「市場取引」というと、それだけで拒否反応を示す人がいて驚くことがありますが、働く内容が決まっていて(特定のジョブ)、その仕事をする給与があらかじめ決まっているというのは考えてみれば当たり前のような気もします。市場取引なので、自分(労働力を売る側)と会社(労働力を買う側)は対等であり、本人の同意なく職務が変わることはありません。一方、会社は「この職務をこういうスキルを持った人にやってください」と言って労働力を買っているので、「できない人は最初からこの仕事に就くことはありません」というスタンスとなっています。ジョブ型雇用では、その仕事の特性(希少性の度合い等)と需給関係で賃金が決まる(つまり市場取引)ことになります。希少(高いスキルを要求される等)な仕事で需要が多く、供給が少ない仕事は給与が高く、逆は低い、ということです。ジョブ型雇用では、一般的な職能などという概念ではなく、その職務に必要なスキルが要求されます。

メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用では根本的に向き(価値観)が違うので、当然、社員に期待されるものが異なります。メンバーシップ型雇用で優秀といわれた人が、ジョブ型雇用では「無駄なことをするな」と言われたりします。これは筆者の経験から「見てきた」ことですが、理屈的にもそうなるはずです。この理屈はこれ以降の(何回かの中における)記述で明らかにしますが、ここで象徴的な対比を明らかにした組織形態(イメージ)を図表1に示します。

注3 白井正人(2021)『経営者が知っておくべきジョブ型雇用のすべて』ダイヤモンド社。

注4 この後取り上げる「情報処理システム」という概念を指している。

図表1 組織形態の分類

 

図表1 鶴光太郎『「ジョブ型」の誤解を正す』(日本経済新聞2021年5月7日経済教室)の図表より抜粋

図表1は、鶴光太郎『「ジョブ型」の誤解を正す』(日本経済新聞2021年57日経済教室)の図表より抜粋したものです。

図表1左側の古典的(機能的)ヒエラルキーがジョブ型雇用における組織形態を、右側の水平的ヒエラルキーがメンバーシップ型雇用における組織形態を示しています。

一部メディアで相当な誤解に基づく記述があるのでここで断っておきますが「メンバーシップ型雇用が古い雇用の在り方」で、「ジョブ型雇用が新しい在り方」と勘違いして取り上げられている向きがあります。しかし本来はその逆です。鶴(2021)はこの誤解を正している(表題『「ジョブ型」の誤解を正す』ので、ジョブ型雇用における組織形態を古典的(機能的)ヒエラルキーとして示しています。

さて話を戻しましょう。ジョブ型雇用を語る人たちは、働く側にスキルが求められ、学びなおしが必要だということを強調します。これは確かですが、組織形態を見ると、他の問題があることがわかります。すなわち古典的(機能的)ヒエラルキーの組織では、経営部門からの指示で仕事をすると、現業部門1と現業部門2は情報共有をしなくても良いことになっています(図左側組織形態の×印)。

※ここでいう経営部門は、それ自体の場合と、経営部門が権限委譲したセンター組織を含みます(例えば大型プロジェクトの場合のプロジェクトマネージャー組織)。

これを言い換えると、経営部門の指示がフレームワーク的な指示ではなく、より明確であり、下位組織間での情報共有をしなくても仕事を進めるうえで問題が生じない状態が想定されているということです。仕事が進む過程で現業部門間に矛盾が生じた場合、部門間で話会って(勝手に)決めて良いということはなく、経営部門が調整と意思決定により指示を出して解決する形になっています。したがって経営部門がフレームワーク的な指示(「こういうことがやりたいなー」レベル)だけ出して「後は良きにはからえ」というような仕事の進め方は想定されていません。それだけ経営部門の指示の在り方が問われるということです。

ジョブ型雇用では仕事をする労働者のスキルが求められますが、同時に経営部門のスキルも求められるということになるはずです。しかしこのことを取り上げる人は少数です。

さて図表1右側は下位組織間での情報共有が「〇」になっていて、情報の共有が想定されています。これを水平的ヒエラルキーといい、メンバーシップ型雇用における組織形態を指しています。

鶴(2021)はこの図の出所を「青木昌彦『比較制度分析に向けて』(2001)第4章を参考に筆者作成」と但し書きを入れています。これ以降、青木の記述も確認してみましょう。

さて組織形態はそこで働く人間を規定します。したがって当然、働く者に求められる技能も規定されることになるでしょう。次回では雇用の在り方としてのメンバーシップ型雇用とジョブ型雇用をそれぞれ明確にしたうえで、求められる技能について確認してみようと思います。

(小山 浩一)