資産とリスク研究所 小山 浩一
リスクのイメージ
リスクは色水のようなものである。濃い色水を希釈すると、次第に薄くなる。色の濃さをある毒性の成分と仮定すると、色が薄まるとその成分の比率は下がる。しかしゼロになっているわけではない。リスクはコインの裏表のような「有り・無し」でなく「大―小」の連続的に変化するものと理解できる。
参考(リスク教育研究会の目的)
https://www.risk-ken.com/purpose/
すると特定のリスクだけを対象にしてもすっきり「これで絶対安全安心」ということはなく「この対処でリスクを小さくできてかなり安全。でもゼロになったわけではない」というすっきりしない理解に至る。
「リスクとリスク」の関係
今日は7月13日で東京に新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言が再び(みたび)発令されている。我々の周りで「毎日の新規陽性者数、累計感染者数、死亡者数」等が繰り返し報道されるようになってからすでに1年半が経過している。
この大量報道の中で地味だが重要なニュースもある。日本対がん協会は、がん検診の受診者が昨年、前年に比べて30%程度減少し、推定として約1万人以上のがん未発見が懸念されるとしている(2021年3月24日)。
参考URL
https://www.jcancer.jp/news/11952
がん検診受診者の減少は、新型コロナウイルス感染を恐れて受診機会を自ら放棄したことによると考えられる。
新型コロナウイルス感染リスクを避けようとする行為が、がんリスク(未発見による対応の遅れ)を増大させる。このような感染リスクとがんリスクに関する主観的な認知の関係を「リスクとリスクのトレードオフ」と呼ぶ。「こちらを立てればあちらが立たず」のような関係である。図表1に両者の関係イメージを示す。
図表は以下のように解釈できる。新型コロナウイルスについて「がん検診場所で感染したら大変だ」と思い、受診しない人が増加する。この結果、がん未発見(の可能性=リスク)が増大する。この流れに沿った人の心理では、がん検診を受診しないことによる「新型コロナウイルス感染リスクの減少(図表1内a)」と「がん未発見によるがんリスク増大(同図b)」の関係は前者が大きい。心理的には「a>b」という関係にある。
実際、どちらが大きいのだろうか?
リスクのエンドポイントを、数年の幅での死亡の可能性としておく。新型コロナウイルスによる死亡者数は、1年間で推計2万2千人程度(本サイトにおける「感染症による死亡者の数1」を参照されたい)と推定される。
https://www.risk-ken.com/asset-and-risk/covid19-deaths-total-1/
これに対してがんの場合はどうだろうか?がん死亡者数は2019年1年間で37万人を超える。部位別でみると胃がん4万2931人、大腸がん5万1420人である。
図表2に両者を対比して示す。
図表2 死亡者の数
リスクのエンドポイントを死亡とすると、新型コロナウイルス感染症よりがんリスクが大きいように見える。心理的な関係とは逆に「b>a」である。
「新型コロナウイルス感染リスク回避」のために「がん検診を受けない」という選択は両者のリスクの合計(新型コロナウイルス感染リスク+がん(未発見)リスク)を増大させるのではないか。対がん協会の「お知らせ」はそこに警鐘をならしている。
以上のことから、新型コロナウイルス感染リスクを小さくするための予防策を講じつつがん検診を受診したほうが我々の(複数の)リスクの総量を低下させるようである。「感染症を心配しつつがん検診を受ける」。なんともすっきりしない結論のようにも思えるが、もともとリスクは白黒ではなく、「大-小」の可能性の問題なので、だ誰がやってもこういう結論にならざるを得ない。
「リスクとリスクのトレードオフ」は、「リスクはゼロにならない」が、複数のリスクの関係を考慮しながらバランスをとって対処することで、リスクの総量を低下させる概念といえそうである。