情報・コラム

職業生活上のリスクの検討②メンバーシップ型雇用

メンバーシップ型雇用(モデル)~信じられないような人事異動、これってまだある?~

 私が最初に勤めた企業は典型的なメンバーシップ型雇用の企業でした。ここでは雇用慣行の一つとして(日本型雇用ではよくある)人事度異動が定期的に行われていました。当時、私は本社の営業に関わる管理部門に課長職として勤務していたのですが、会社全体を見渡すと、営業から事務部門とか、事務部門から監査部門や営業部門等、それまでの仕事と無関係な仕事に就くような移動が(一部ではありますが)当たり前のように行われていました。営業の現場で、結構えらかった人(単一あるいは複数都道府県等一定の地域を統括する役職者)が、一部、定期異動によって、突然本社の事務管理部門の部長に就任する等、という異動です。それまで営業で「俺たちが稼いでるんだぞ!」といって威張ってた人達が、突然、言われる側に回る。もちろん、事務管理系の仕事の内容なんか知らない、あるいは知っているのは、営業側から見た表面的な側面程度でしょう。本人だって直前まで自分がそういう職務につくことを知らないし、希望した覚えもない。会社命令で職務が変わる。これこそメンバーシップ型雇用における(定期的な)人事異動です。

21 人事管理特性

例えば営業部門から事務管理部門に仕事が変わる異動が発令されます(逆もある。またそれ以外の部門間もある)。このような異動を行う権限を会社(人事部)が持っています。人事権が会社に集中しているわけです。だからこそ横断的な部門間異動が可能となっています。人事管理特性としては集中すなわち「人事権の会社(人事部)への集中」。これこそ人事管理特性におけるメンバーシップ型雇用の特徴といえます。本人の希望なんて知らない、会社命令で職務が変わることが当たり前となっています。そのかわり雇用は保障され、年功的に賃金は上昇する(職務と賃金が連動しない)形態となっています。

 異動する本人からすると、当然、新しく就くことになる職務の内容や必要なスキルなんて知らない、会社の定期異動で変わるんだから当たり前だ!となるでしょう。そんなこと要求されるいわれはない。事前にスキルを習得することなど必要ないし、会社が次の職務を(本人同意と関係なく)決める(異動日の1~2か月前発表)ので、必要なスキルなんて予想できません。自律的キャリアなんて要求されないし、そんなこと考えたら会社の人事政策に反することになります。

22 情報処理システム

以上は人事権とか異動に関わる人事政策の話です。しかし実際の仕事は人事の規定で行われているわけではありません。本業の仕事が進む過程の「在り方」があり、それに適応するような人事制度や政策がある、つまり仕事の進み方の「在り方」と整合するインセンティブシステムとして人事管理特性が位置付けられます。この実際の仕事の進む過程の「在り方」がここでいう情報処理システムです。まずその概念を明確にしておきましょう。鶴(2021)(注1)は「・・・組織内における情報の生産・共有・伝達・および意思決定を行う情報処理システム」と述べ、情報処理システムを「組織内における情報の生産・共有・伝達および意思決定の在り方」を指す概念と定義しています。この観点から見ると、以下のような流れが想定できます。

会社が異動を決め、部門内や部門間異動を定期的に行う。それらが続くことで、いろんな部門や職務を経験した人が社内に散在しています。そのため「同じ釜の飯を食った」人間が円滑なコミュニケ―ションを図って、協調して仕事を進めることが可能となります。会社は細かい指示を出さず、枠組みを示す程度で、後は部門内・部門間でコミュニケーションを図りながら、適宜情報をアップデートし、改善して仕事を進めることになります。

メンバーシップ型雇用における情報処理システムは、それぞれの部門に権限移譲されており、コミュニケーションを図りながら仕事を進めることが求められています。会社において特定のセンター組織がトップダウンで仕事をすすめるような具体的な指示や調整・決定を行うことは想定されていません。自分たちで修正しても問題ないし、むしろそれが求められています。異なる部門間で円滑なコミュニケーションが必要となっており、そのコミュニケーションに、様々な部門や職務を経験した人たちが貢献しています。「情報処理システムにおける分権」。これこそがメンバーシップ型雇用における特徴といえます。

 

メンバーシップ型雇用の特徴と求められる技能

 以上のことからメンバーシップ型雇用の特徴は、「人事管理特性としての集中(人事権の集中)」、「情報処理システムにおける分権」と概念化できます。これはこの後見るジョブ型雇用と真逆にあるといえるでしょう。

さてこのようなメンバーシップ型雇用において求められてきたスキルとは何か? 最近の風潮では、メンバーシップ型雇用で働いてきたものの象徴として「働かないおっさん」、「不活性中高年」などと総称され批判されています。

しかし、普通の人間が、普通に会社で働いてきただけであり、「批判している人」と比べてそれほど基礎的素養が大きく変わるとも思えません。普通の社会人としての我々は、オリンピックの選手のように「100メートルを10秒で走れ」というようなレベルを要求されているわけではないと思われます。ということで、ひとくくりに「働かないおっさん」「不活性中高年」などといって考える話ではないと考えられます(余談ですが、そういう意味で「ジョブ型雇用」を使って活躍しようとする人事コンサルタントに騙されないようにしようと個人的には思います)。

メンバーシップ型雇用では求められる技能があり、そこで働いてきたものは少なくともその技能については多かれ少なかれ身につけてきたはずです。ただし、その技能が現在では過剰供給だったり、その技能を使う局面がそもそもなくなってしまったり、ということはあります。しかしだからといって人々をひとくくり(働かないおっさん、不活性中高年等々)にして馬鹿にすれば解決するような話ではないと思われます。「働かないおっさん」「不活性中高年」などと差別的呼称を喜んで使っている人たちは、そもそも問題を解決するつもりがない人たちで、単に自分の売り込みをしているだけか、低次元な優越感に浸りたいだけであると個人的には思えます。

さて話を戻しましょう。メンバーシップ型雇用におけるメンバーが求められる技能を、青木(2008)は次のように述べ(注2)ています。

「情報共有型、特にその進化した形態である水平的ヒエラルキーにおいて有効な情報処理能力は、組織の仲間とのコミュニケーションを通じて情報共有を強め、環境変化に適応して伸縮的な職務配分をこなし、また機械の故障や不良品の発生など、小池和夫のいう「異常な事態」が発生した時に、現場でアドホックに対応し得るような能力であろう。それはシステム環境と個別的な職場環境の双方に目を配れる「幅の広い」ものであろう。こうした技能を「文脈的(contextual)技能」とよぼう。それは、一定の組織の文脈で具体的に習得され、蓄積されるような技能だからである」

 メンバーシップ型雇用でメンバーとして働いてきたものは文脈的技能を要求され、身に着けてきたものと解釈できます。この情報処理システムの分権的形態とそこでの文脈的技能が有効に発揮された事例としては、自動車産業における「カンバン」システムや「ゼロ在庫システム」があげられます(注3)。現場において情報が共有され、問題解決のため「伸縮的な職務配分」を現場自体の判断で行う形態と考えられます。

メンバーシップ型雇用では、このような文脈的技能を持つ(全体を覆う環境条件と個別的な職場環境の双方に目を配ることができる)人材育成のために、会社が集中した人事権を持ち、異なる職務間において横断的な異動を行ってきたと整理できます。

メンバーに必要とされる文脈的技能とその育成のための定期異動は、日本における雇用慣行として様々な業種で行われてきたものと考えられます。自動車産業など製造業だけではなく、私がいたような保険業においても同様の雇用慣行、すなわちメンバーシップ型雇用が日本において広く根付いてきました。この結果歴史的には成果をもたらしてきた一方で、現在では問題も大きく浮上していると思われます。問題は浮上していますが、だからといって歴史と無関係に普遍的にメンバーシップ型雇用が劣ってきたわけではありません。仮にそうならそもそも日本においても根付くことはなかったはずです。そのようなことなら1980年代に「Japan as No1 」といわれるようなこともなかったと思われます。

 次回はジョブ型雇用を整理してそこで求められる技能について整理してみましょう。

その上でその後、両者(メンバーシップ型とジョブ型)を対比して、特定企業の中での文脈的技能を身に付けてきた人が、まるで役立たずのように言われて問題になっている要因を整理して考えたいと思います。

(小山 浩一)

注1  鶴光太郎『「ジョブ型」の誤解を正す』(日本経済新聞2021年57日経済教室)。

注2 青木昌彦(2008)『比較制度分析序説』講談社学術文庫 講談社。101102頁。

注3  青木昌彦(2008)『比較制度分析序説』講談社学術文庫。講談社。65頁。